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東京高等裁判所 昭和32年(う)2570号 判決 1958年5月28日

控訴人 被告人 五十嵐永邦

弁護人 松本光

検察官 磯山利雄 八木胖

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、末尾添付の弁護人松本光の提出した控訴趣意書に記載のとおりである。これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

昭和二十九年政令第二十六号、第七十七号、第百十九号及び第百五十五号を以て改正された輸入貿易管理令第十四条第二号別表第二に所謂携帯品とは入国者がその一身に付随して携行する物品であることを原則とし、同別表備考一に例示する自動車はその形態、重量等に鑑み、別送する場合においても、特定の条件の下に、携帯品と認めるのである。それ故、かかる自動車は、入国者の出発地又は経由地において船積されなければならないのである。原判決挙示の各証拠によれば、イスラエル入クララ・ズヴイスキーはパリー、ローマ、香港を経て本邦に入国した者であるに拘らず、本件自動車はアメリカ合衆国サンフランシスコ港において船積されたものであることが認められるから、他の条件の如何を問わず、この点において既に同別表の携帯品に該当しないことは寔に明らかであるのみならず、仮に右携帯品に該当するとしても、被告人は、原審認定のように、原審共同被告人関谷史及び同黄金井美成と共謀し、輸入貿易管理令第十六条第一項所定の税関の確認を受けることなく、係員の携帯品確認書、パスボート確認書等を偽造行使して本件自動車を輸入しようとしたものであるから、原判決挙示の法令に違反することは言を俟たない。原判決は正当である。所論は独自の法令解釈をなし、被告人の非行に目を掩い、原判決を論難するものであり、到底これを採用するを得ない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に則り、本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項本文に則り全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 中村光三 判事 滝沢太助 判事 久永正勝)

弁護人松本光の控訴趣意

一、原判決認定の事実は「被告人は関谷史、黄金井美成と共謀して、イスラエル人クララ・ズヴイスキーが、アメリカ船アメリカントランスボート号に積載してアメリカより横浜に輸送し保税蔵置中の乗用自動車一九五五年型ビユツク一台を通商産業大臣の承認を受けないで、通関せんことを企て昭和三十年八月十二日頃横浜税関に於て右自動車を前記クララ・ズヴイスキーがアメリカから携帯した携帯物件である旨虚構の輸入申請を為し以て之を輸入せんとしたものである」とし被告人の右所為は外国為替及び外国貿易管理法第五十二条第七十条第二十二号、輸入貿易管理令第八条に該当するものとして被告人に対し懲役四月執行猶予三年の刑の言渡をなしたものであるが、

イスラエル人クララ・ズヴイスキー所有の本件自動車は同人が本邦に入国するに際して携行した携帯品であると認めることが出来るか否かによつて、本件犯罪の成否が決定されるものであるところ、本件自動車は右クララ・ズヴイスキーの携帯品であると解するのが正当であると思う。

二、外国為替及び外国貿易管理法第五十二条は、外国為替予算の範囲内で最も有効な貨物の輸入を図るため貨物を輸入しようとする者は政令で定めるところにより、輸入の承認を受ける義務を課せられることがあると規定し、この規定に基き輸入貿易管理令第八条は、貨物を輸入しようとする者は代金の全部について決済を要しない貨物を輸入しようとするときは、通商産業大臣に申請して(フオームC)輸入の承認を受ける義務があると規定しているのであるが、本件自動車は右クララ・ズヴイスキーがイスラエルより本邦に入国するに際してニユーヨークに居住する同人の娘が保管中の米弗を以てニユーヨークに於てクララに代つて購入したものであつて、既に代金の全部について決済を要しない貨物であるから、右フオームCの申請形式による無為替輸入の承認を受けうることは勿論であるが、更に進んで輸入貿易管理令第十四条第二の携帯品とする場合は同令第八条による通商産業大臣に申請して輸入の承認を受ける義務なく、同令第十四条により携帯品としての通関を所轄税関に申請することを以て足るのである。

仍て本件自動車が外国為替及び外国貿易管理法、輸入貿易管理令、関税定率法の規定上携帯品となすことが出来ることを明らかにいたし度い。

原審に於ける証人小川肇、田中錬造、山本清の各証言によると、本件自動車の如く、本邦入国者の出発地並経由地と異る地より船積されたものは輸入貿易管理令第十四条の携帯品とは認められず、同条の携帯品とは本邦入国者が入国以前に自己が使用していなければならないから本人がイスラエルから入国し、自動車がニユーヨークから船積された場合は、携帯品とは認められないとすることが税関の取扱であるとされていることが窺はれるのである。

然し乍ら、携帯品の概念を決定するに付、入国以前に自己使用に供されてゐた貨物なることを必要とする規定はどこにも存在しない。関税定率法第十五条第九号は「本邦に住所を移転するため本邦に入国する者が、その入国の際に輸入し又は政令で定めるところにより別送して輸入する自動車……当該入国者又はその家族の個人的な使用に供するもので、その入国前六月以上これらの者が、使用したものであつて、その輸入の許可の日から二年以内に右個人的使用の用途に供されないものについては、政令で定めるところにより、その関税を免除するとの趣旨であり即ち特定用途免税に関する規定であつて携帯品と認められるためには、入国前に自己使用に供された貨物でなくてはならないとする法意ではない。(関税定率法施行令第二十五条の法意も亦然りである。)従つて右関税定率法に於ける携帯品の概念を以て直ちに輸入貿易管理令第十四条所定の携帯品の概念と同一なりと断定することは出来ない。

輸入貿易管理令第十四条所定の携帯物件の概念は、之を同令の解釈によつて定める外はないのであるところ、同令別表第二の「一時的に入国する者の携帯品(同表備考によると携帯品とは手荷物、衣類、書類、化粧用品、身辺装飾用品、自動車(一人(家族を伴つているときは一家族)につき一台とする)、とあり一時的に本邦に入国する者の携帯する自動車は即ち同表第二の携帯物品であり、この携帯の形式については何等定めるところがない。同表の永住の目的を以て本邦に入国する者の引越荷物の概念は本人及びその家族が住居を設定し維持するために供することを目的とし且つ必要と認められる貨物であるとされている。

仍て同表に於ける携帯品の概念と引越荷物の概念の相違を検討いたしまするに、携帯品の概念は引越荷物の概念より広義なるものと解される。その理由は引越とはある人がある地域に於ける居住地より別の地域に居住地を移転する謂であり、即ち前の居住地を引き払つて他の居住地に移転するのであるから前の居住地は無縁となる。従つて引越荷物とは前居住地に於て、引越者本人及びその家族の生活を維持するために供することを目的として使用してゐた一切の必要貨物を包含したる概念なりとすることが正しい(従つて引越荷物は本邦に永住の目的を以て入国する者に付て認められ且つ該物件は無条件免税とされてゐる)。これに反し携帯品とは一時的に本邦に入国する者が、その私用に供することを目的とし、且つその本人及家族が本邦に於て生活を維持するために必要と認められる貨物であるから、一時的入国者の本国に於てその生活を維持するに必要でなかつた貨物であつても、本邦に於て生活を維持するために必要である貨物が存在することが予想せられる。例えば入国者の本国に於ける職業上は自動車を必要としないが、本邦に於ては自動車なくしては本邦に於ける入国の目的を達し得ない場合があることは当然に予測せられるところであります。

従つて本国に於て自動車を必要としなかつた入国者が本邦に於ける入国の目的を達するため必要とする自動車を本邦に於ける外貨を使用せずに購入し本邦に輸入する場合に於ては、所謂携帯品なりとなすことは輸入貿易管理令に謂うところの携帯品の概念を乱すものではない(従つて携帯品に付ては特定用途免税の取扱を受けるのである)。而して携帯品につき船積地域に関する限定規定のない以上該自動車の購入先が、入国者の本国であると又は入国経由国でなくてはならないとなす理由は全然なく、どこの国であつても差支ないと解するのが外国為替及外国貿易管理法、輸入貿易管理令、関税定率法の解釈として正しいものと謂わねばならない。

三、仍て本件について見るに、イスラエル人クララ・ズヴイスキーは、イスラエル国より三年の本邦滞在の入国許可を得て昭和二十九年十一月二十九日に航空機により羽田空港に入国したものであり、本件自動車については右入国に際し羽田空港税関に別送して輸入する旨の申告をなし居るものであつて、本件自動車を携帯品として輸入する手続を履践している。従つて問題となる点は本件自動車の船積地が、同人の出発地並経由地と異るニユーヨークであると云う一点に帰するのであるが、この点については前述した如く携帯品につき船積地域が入国者の出発地並経由地でなくてはならないと限定する規定は外国貿易関係法規のどこにも存在しないのであるから本件自動車を輸入貿易管理令第十四条の携帯品として認めることに付何等の障害をなすものではないと信ずる。実際の入関手続に於ても昭和三十年三、四月頃に入国者の出発地並経由地と異る地域より船積されて別送された自動車が携帯品として通関した実例が存在するので、口頭弁論に於てこの点に関する立証をなす予定である。

四、以上の理由により本件自動車はクララ・ズヴイスキーが本邦に入国するに際して携行したる携帯品と断ずるのが正当であるから、被告人等が本件自動車を横浜税関に対し携帯品として申告して輸入せんとしたことについては何等の違法も存在しないに拘らず、原判決は法令の解釈を誤り本件自動車は所謂無為替輸入の場合に該当し輸入貿易管理令第八条により通商産業大臣の輸入承認を受ける義務あるものと判断したことは違法であるからこの点に於て破毀さるべきものである。

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